空のパックを投げ捨てると、男は、足音を立てずに、ベッドへやってきた。
「じゃあ、人間には何がパーフェクトなの?」
ベッドに腰を下ろして、耳元で男が言う。
わずかに甘えたような口調が、外見に似合わない。
孤高とでもいうべきか、どこかエアポケットのような影があるのに、
声は、むしろさわやかなほどに明るいのだ。
意外に若いのかもしれなかった。 |
「ねぇ?」
大きな手が胸のうえに置かれ、耳に息がかかると、
女はそのまま瞼を閉じてしまいたくなった。
が、男が、やや下げたサングラスの上から、
からかうような目で覗いていることも知っていた。
「手袋を外しなさい。サングラスもよ。それと、冷蔵庫の扉、閉めて。」 |
骨ばって長い指。
右手に二つ、大きな指輪をしていて、これは決して外さないのだ。
何故なのか、訳を聞いたことはないが。
サングラスをはずすと、困ったような、はにかんだような表情になり、
女はそんな顔にも弱かった。 |
「これで、いい? ねぇ?」
息使いが、女の胸を切なくさせる。
「ダメよ。そのズルズルした服、いつまで着てるつもりなの。
“らしく”ないわよ。それと、冷蔵庫の扉・・・」
「KISSの時は、目を閉じて」 |
女は素直に目をつむる。唇はゆるく開いて。悔しいけれど、待ってしまう。
それをはぐらかして、男は冷蔵庫の扉を閉めに行ってしまった。
知っているのかいないのか。やっぱり悔しい。 辺りはまた真の闇だ。 |
男からの、ついばむような、キス。女の、むさぼるような、KISS。 |
剥き出しになった胸板を肋骨にそって撫でる。
男の肌は意外に滑らかで、かすかに乾いた汗の匂いがした。
そういえば、チェンスモーカーのくせに、
女のところに来た時に煙草の匂いがしたことは一度も無い。
生活の匂いのしない男だった。
一度、わずかに蘭のような花の香りがしたことがあり、
かえって不思議な気がしたものだ。 |
乳首に歯をたてる。そういえば、愛し合うときは、いつも真っ暗だった。
が、男の肌にいくつかの引き攣れたような傷跡があるのを、
女は指先と唇で知っていた。
事故だと言っていたが、銃創だろう。一度や二度ではないはずだ。
でも、男が何者なのか。知ってはいけないのだ。
その瞬間、すべてが終る。BAD BOY。いけない子。
つかの間ならば、安らいで。 物分かりのよい大人の女を演じるくらい、
わけは無いから。 |
女はひとつ息を吸って、男を口に含んだ・・・ |